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"吉田の火祭り"

2007.8.27 遂に行ってきました「吉田の火祭り」。日本三奇祭に数えられる、北口本宮冨士浅間神社の秋祭りだ。テレビなどで報道されている画を見るかぎり、こいつはかなり危険をはらんだワイルドな祭りだぞ、と慎重の上に大が付くほどの準備で現場入りした植田ファミリーだった。が、ところがどっこい、そいつは違う。勿論、特大のお神輿と「おやまさん」と呼ばれる赤富士を模した重さ1トンの御影を、ここぞとばかりに集ったトッポイおぢさん、おにいさん連が担ぎ回すんだから威勢はいい。しかし僕が持っていた、轟々と火の着いた巨大な松明を担いだフンドシの若い衆が、そこら中に火の粉をまき散らしながら、何人も何人も全速力で、参道を上がったり下がったりするというイメージは全くのデタラメで、実際はもっと穏やかで、神秘的な田舎のお祭りなのであった。しかしなんだね、いつもはヨボヨボのジジイが、祭りとなると年季の入ったハンテンを引掛けて、煙草をふかしながら睨みを効かせているのは様になるし、場が締まっていいね。それに此処らの若い担ぎ手はイイ男が多かった。ちょっと鍛えれば刑事ドラマなんかに出れるんじゃないかなって位の、引き締まった面構えの野郎が何人もいた。テンプターズとかクールスとか、そんな古きよき不良少年の感じを思い出したね。あと、この祭りは見物客も一癖ありそうなのが多かったのも印象的だった。富士山ゆかりの祭りだからなのか、ワールド・ワイドと言うか、エスニックと言うか、何やらヒッピー風の人間が目についた。たぶんそうしたその場に居合わせた、あるいは引き寄せられた人間達のエネルギーも作用して、世間的に言えば偏った、一種異様なムードが作られているような気がする。そうした連中と共に神輿について神社を出発し、車両通行止めになっている国道を歩いていると、何故か不思議と楽しさが込み上げてくる。そして、ゆるゆるとした興奮状態の中、お神輿とおやまさんが御旅所と呼ばれている場所に到着すると、メインストリートや氏子の家々の前に設置された松明に、火が灯される。炎につつまれた町並みはとてもファンタジックで、数年前に偶然紛れ込んだ、須玉の山中の村祭りを思い出させてくれた。祭りとは本来、こうしたあの世とこの世の間のような、怪しげな香り漂う、クラクラと眩暈がする幻想空間なのであろう。都内では世田谷の奥沢神社のお祭りがこれに近い。ところで僕は水が大好きで、海や川で泳いだりするのが一番ココロが落着くのだが、反してたき火も大好きなのであった。こんなに近くで、大量の炎がうごめいているのを見ていると、知らず知らずのうちに恍惚としてしまう。火祭り、それは快感。きっとまた来年も訪れることでしょう。