"FACES"1968

Script and Direction: John Cassavetes/Photography: Al Ruban/Art Direction: Phedon Papamichael/Sound: Don Pike/Musical Direction: Jack Ackerman/Editing: Al Ruban+Maurice McEndree/Cast: John Marley, Gena Rowlands, Lynn Carlin, Seymour Cassel


 インディペンデント映画界のエルヴィス・プレスリー、ジョン・カサヴェテス監督の第4作目。L.A.の自宅で半年かけて順撮りし、編集には3年かけたというこの作品は、情熱に溢れた彼の作品群の中でも特に緊張感のあるスリリングな映画に仕上がっています。非常に失礼な事だと思いますが、もしもこの映画の途中で劇場に入り10分だけ観て出てきたとしても、その10分間は僕にとってはたぶん永遠に等しいでしょう。それぐらいの密度の濃さがここにあるのです。

 即興演出という一見簡単な言葉で語られる彼の監督術ですが、そこにはとても繊細な表現と生きる喜びとは何かという疑問に対するヒントが隠されています。生涯一貫して彼が表現したのは「リアリティー」です。しかし緻密な計算のもとにこそ真実が宿るとは限らない、絶対的なものはただその瞬間だけです。役者とのセッションの中で生まれてくるちょっとしたリアルな瞬間を、彼は逃さずにフィルムに焼き付け、そのちょっとした瞬間に触れる事が観る人の心を強くする。そしてその時その人は映画という文化の存在を認める事になるのです。これを即興演出と言うのならばこれほどクリエイティブな作業はないでしょう。決して行き当たりばったりではないのです。

 14年間の結婚生活がたった36時間で崩壊していくというストーリーは、役者のちょっとした表情によって物語られていきます。もちろん台詞もありますが説明的な言葉は一切存在しません。ただ観客は役者の表情をみて切なくなったり、勇気づけられたりしながら映画の中に引き込まれて行くのです。役者という職業の人達がいったいどういった思考回路の人種なのか僕にはよく解りませんが、素晴しい演技を観ると凄く感動させられる事は確かです。特に映画はレンズ越しの役者の芝居を観ることになるので、本当に繊細な心模様を表現することが可能ですし、逆に言えばそこに舞台とは違った映画のひとつの醍醐味があるのです。ここにカサヴェテスが映画に執着した理由があり、幸せとはちょっとした瞬間に感じることが出来るものだという彼のメッセージが込められてもいる訳です。

 この作品はそんな彼の表現したい事柄がむき出しになっていて、斬新なカメラアングルからも彼の「やったぞ!」という声が聞こえてきます。当然の事ながらやや顔のアップが多いかなとも思いますが、上から撮ったり下から撮ったり、会話が中心の映画なのにリズムが良くて目が飽きることはありません。僕はラストの階段のある部屋とクラブのシーンが特に好きなのですが両方とも烏観のショットが効果的に使われていてとても印象的です。上からのアングルは必然性がないと意図的な感じが強すぎて不自然に成りがちですが、この作品のなかではとても印象的に使われていて心に残ります。それもこれも芝居をより良く見せるための配慮ですから彼と撮影現場を共にしたスタッフは幸せです。

 キャストは素人同然のリン・カーリンも含めて皆素晴しいですが、中でも特に光るのはシーモア・カッセルの存在感です。カサヴェテスに育てられたといってもいい彼は、脚本の執筆段階からこの映画に出たがっていたそうで、撮影の前半は制作スタッフとして、後半は役者として参加した彼の芝居には映画を作っていることに対する喜びが溢れています。これは正しくスタッフ、キャスト全員が自分と同じように映画作りにのめり込む事を望んだカサヴェテスの思うつぼで、その成果としてこの作品でシーモアはアカデミー賞助演男優賞にノミネートされています。そのことを一番喜んだのは当人よりもカサヴェテスの方だったというエピソードも彼の姿勢を物語っています。


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