The Clash Japan Tour 1982


 たぶん殆どの人がそうだと思うけれど、18歳から20歳ぐらいの頃って「人生こんな事もあるのか」と現実の意外性に驚く時だと思う。僕はその時浪人生で、同時に女にもフラレて、生まれてから2度目か3度目の敗北感を味わってる時だった。そんなある日「え、今ごろですか」って感じでクラッシュは日本にやって来た。それを知ったときは金もないし、受験日も近くてどうしようかと迷ったけれど、ラジオでは大貫憲章がワーワー言ってるし、既に大学生だった友達は「行こう行こう!」と言うしで、冴えない日々からの逃避もあって、とりあえずウドーに電話してみる事にした。すると予定の公演は完売。しかし追加で昼の部が有ると言う。貧乏根性のある僕は俄然行く気になった。

 受験に備えて起きる時間さえコントロールし始めている浪人友達の熱い視線を背中に、バッジを沢山付けた革ジャンにブラック・ジーンズ、腕には鎖を巻き付けた正装で新宿厚生年金に向かった。ツンツン・ヘアーで電車に乗るのが恥ずかしかった時代である。腕ずくでチケットを買い取ろうとするダフ屋の兄ちゃんをかき分けて会場に着くと、僕ら同様ここぞとばかりに決め込んだバカでごった返していた。席は一階の後ろから3番目ぐらいで「こんなカッコで望遠鏡はないだろう」と同行の友人を制した事を後悔させるには十分の場所だった。オールディースやレゲエのBGMが流れて「俺達はクラッシュ・アーミーだ!」と言う気分がどんどん盛り上げられ、ライヴが始まった。

 工事現場にある黒と黄色の柱の上に赤灯が幾つか付いているものが舞台の上からサイレンと共に降りてきて、ウーウーいってる。少ししてまたそれが上がっていくと、そこにメンバーがいるかと思い気や誰もいない。コケ脅しである。まるで関係ないといった感じでクラッシュは「どうも、どうも」と手を振りながらダラダラと舞台に登場した。意外な演出に「結構ダサいな」と思うと同時に好感が溢れた。「これがクラッシュだぜ!」と、もう最初から笑いが止まらない状態だった。最初に飛び出してきたのはトッパーだったと思う。ジャージを履いていて凄くハリキっていた。ジョーは詰め襟みたいなベストで割とペタッとしたオールバックだった。ミック・ジョーンズは良く憶えていないが多分吊りバンドだったろう。一番カッコ良かったのはポール・シムノンだ。ビシっと決まったリーゼントで白のTシャツに迷彩ズボン。その後僕は同じものをアメ横の中田商店で購入した。

 「ロンドン・コーリング」からスタートしたが始めからジョーの声はガラガラだった。「ヒーヒー」と絞るように唸っている。体調不良で初日には舞台でゲロを吐いたと言う。全体の演奏も思いの外スカスカで「ヘタだなー」と思ったが、それでもクラッシュである。ミックとポールが大股開きで飛び上がり、ジョーが絶叫しながらへたり込む。エネルギーは全開だった。これでもかこれでもかと1曲ごとに加速度を増すようにタルまない入魂のステージが続いていった。ステージの壁には曲に合わせた「戦闘」などの文字や難民の写真のスライドが映し出されたりしていたが、メンバー自体は深刻さは全然無く「嫌なことは忘れて今は騒ごうぜ」ってな感じだったのが意外だった。それまで僕が抱いていたクラッシュのイメージは結構マスコミが作ってるな、と感じた。彼らは政治結社では無く、あくまでもバンドマンであったと思う。

 当時は席を少しでも離れたら注意されるような厳戒態勢が外タレのライヴの決まりだったが、「ちょっとぐらいいいだろう」と少しずつステージに近づき「席に戻って下さい」と係員に注意される時はいつの間にか一階通路の真ん中近くまでズレていた。「この曲も!えっこんな曲も!」望みの曲はほとんど演奏されると言うサービスぶりで、当時まだ未発表だった「権利主張」なんかも披露されてそのカッコよさに呆返った。途中でエキサイトしすぎた僕は2階せり出し部分の天井に拳で穴を開けてしまった。身体の中に溜まった鬱憤を歓声と汗で全て吐き出してやろうというつもりだったのかもしれない。そう仕向けるようなパワーがクラッシュにはあった。一つのアンコールで3曲ぐらい演っては引っ込み、また出て来るという状態が4回は繰り返された。最後には興奮したジョーとポールが客席に降りてきてしまい「おお!今こそ」と僕らも突撃を開始したがやはり真ん中あたりで止められてしまった。仕方ないので「ウォー!ヤレヤレ!」とその場で暴れてがんばった。何せ「昼の部」である。後30分後には次のステージをスタンバイしなければならないと言うのに、あの全開ぶりは凄まじかった。しかもその晩のステージは日本公演最高の出来だったらしい。それはそうだろう、あんな完全燃焼のリハーサルなんて普通じゃ無い。

 「ステージはオーディエンスと一緒につくるもの」というジョーの言葉は本当だった。その会場に居た観客、スタッフそしてメンバー全員がみんなで「クラッシュ」という存在だった。レコードやインタビューから受ける「パンク」と言う印象とは違った、クラッシュの持つ非常に明るい、ポジティヴな側面がそこにいる全員に乗り移ってしまった様であった。「ああ、もっと観てぇなー」と会場を出るとそこには夜の部の客がムラがっていた。「どうだった?良かったのか?」と言いたげな人々の熱い視線を僕は今でも忘れることが出来ない。これから起きるであろう素晴らしい体験に対する期待と不安。それを掴み取ろうと覚悟を決めた者だけに与えられる貴重な瞬間。「いいなぁ君たち。これからなんだろ?」僕はそんな気持ちで会場を後にした。人生ままならずと斜に構えていた僕だったが、その日だけは心底笑えた。大学受験は失敗したがそんな事はどうでもいい。今となっては「クラッシュ観たんだぜ」って言える方がよっぽど誇らしいから。


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