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ストラマー流『男道』の門下生になってからもう20余年が経つ。カメラマンという職に就いて以来、ずっと音楽関係の仕事をしたかった僕の初陣の相手がジョー師匠だと言う事はちょっと信じ難い幸運であった。そんな事情からやや緊張気味に赤坂ブリッツに到着したのだが、ホールに入るとそれに期待感が加わった。ステージと客席の間隔が異常に狭い。これならかぶり付きで撮れる、真剣勝負には絶好の舞台だ。しかし沸き上がる興奮が妙なプレッシャーと成ってしまって何だか考えが纏まらない。そこに呼び屋の人がやってきて「楽屋での撮影の件なんですけど」と言って来た。「えっ?ライヴ撮影だけなのでは」と思ったが編集部の人が話しを付けてくれたのかと思い「はいはい」と調子を合わせると「今日はゲストが多いんで本編とアンコールの間にやれますか?」「はい!」思いがけない朗報によって僕のボルテージは絶頂に達した。オロオロするうちにメスカレロスが登場。途端に「とにかく行動あるのみ」とストラマー流の教えが甦る。ノッソリと出て来た師匠だったが、名刀テレキャスターを抱えるや否や師匠の周りに気力が漲り、まずは徐に「ガーン」と右腕を擦り下る。いきなりカマされた鋭い太刀筋にこちらも負けじと夢中でシャッターを切り始めた。ファインダー越しにみえる男道の達人の顔は思いの外奇麗であった。 瞬く間にライヴの撮影が終り、ロビーで『新型キャディラック』をBGMにいそいそと機材を整理し、楽屋撮影の作戦を練ろうかとも思ったが「必要なのは気合いだけ。それよりも折角だからライヴを楽しもうや」これもストラマー流。そうだなと客席に戻ってはみたが、中盤以降も更にヒート・アップしていくメスカレロスの演奏を聴きながらもどうやって撮ろう?レンズは何ミリ?などと、写真の事ばかり考えてしまい、身体ではビートを刻みながらも心の半分はバック・ステージに飛んでいた。クラッシュでの来日時よりも万全の体調で、ポーグスの時よりも堂々と歌い上げる師匠の姿に惚れ惚れと声援を送りつつも「早く本編終われ」とちぐはぐな事を考えたりもした。そんな熱冷半々のおかしなノリの人とは無関係にステージはメスカレロスのオリジナルとクラッシュの曲とが全く違和感なく配置されて淀みなく進行していく。活動再開当初はたぶん一時的なバンドなんだろうと思っていたが、メスカレロスは『コンバット・ロック』で結実した師匠の音楽世界を再現する為のバンド・サウンドをしっかりとサポートしている。今はそれがオリジナル曲に顕著だが今後ライヴの数を重ねていくうちにクラッシュの曲も彼らのオリジナルとなっていくだろう。つまらない拘りを持たない彼らの若さも師匠にとっては頼もしい武器である。メスカレロスを継続して行けるのならばクラッシュ再結成など必要無い、と思えるほどこの日の師匠はとても活き活きとしていた。いつの間にか僕は写真の事も忘れてメスカレロスのグルーヴに魅了されていたが、気がつくとクラッシュのナンバーが立て続けに演奏されて、会場全体がお祭り状態の中で本編ラスト曲『トミー・ガン』が始まった。この曲が終わる前にスタンバイしなければならない。後ろ髪を引かれる思いでロビーに出ると、さっきの呼び屋の人が僕を見つけて走って来た。「ルーディーズ・クラブの方ですよね。スミマセン!」なんと他紙のカメラマンと間違えられていたのである。プレスを制限するのは呼び屋としては当然の配慮で有る。しかしやはり僕の落胆は大きく、このぬか喜びが大欲に火をつける事になってしまった。 何とか師匠に会いたい、感激を直接伝えたい。それなら個人的にチャレンジしてみたらどうかと思い立ち、その晩に書いた渾身の手紙と自分の作品を焼き付けたポストカード、それと古いレコードを用意して翌日再びブリッツに向う事にした。しかし、いざ会場についてみるとどうだろう、考えてみればゲスト・リストに載っていないのだから当然楽屋なんか入れる訳もなく、たとえ一個人だとしても相手の状況は昨日と変わらない事に今更気付いた僕はだんだん弱気になって来た。せめて手紙だけでもと、手を伸ばせば師匠に届くであろうステージ中央寄りの最前列に陣取ってチャンスを待った。昨日は後方で見ていたので良く分からなかったが、前線には演奏中の師匠に因縁をつけている変なガイジンや、クラッシュの曲になると突然暴れ始める無礼なガキ共がいてややイライラする状況があった。ガキ共は横ノリのナンバーでも無理矢理ダイブをはじめる始末で「ナンなのお前ら」と体当たりで報復してもかえって喜ばれてしまい、結局自分も狂気乱舞の渦に巻き込まれてしまった。心なしか師匠もこれらの観客の反応に苦笑していた様だが決して媚びることなく、昨日よりも更にメスカレロス色を強調した演奏を披露してくれた。過去のしがらみとは無縁な一人のミュージシャンで在ろうとする師匠の男らしさが嬉しかった。昨日没頭出来なかった分を取り戻すべく僕もポゴ・ダンスで応戦したが、過剰な発汗と酸欠による消耗状態で迎えたアンコール・ラストの『白い暴動』になると完全に揉みくちゃにされて、とても手紙なんか渡せる状況では無かった。 順番が来て師匠の前に出た途端に全てを忘れてしまい「あい、あい」と言葉の続かない僕は「ハイ」と声をかけてくれた師匠に「はい?」と返すのが精いっぱいだった。会話を諦めた僕がおずおずと大好きなEP『ブラック・マーケット』を出すと師匠はトントンとテーブルに置かれている紙を指で叩いた。ここに名前を書けと言うのである。何という心配りだろう。「ト・シ?」「イエスイエス」師匠は左手でジャケットにTOSHI★と書いた。この星印にズキッとやられた。僕も例の封筒にJOE
STRUMMER★と書いていたからである。更に師匠がその下に「JOE STRUMMER 2000」と書き連ねて「2000」を指さし「オーライ?2000」と念を押すように言うと、僕は今までの事が全て見られていたような気がして、後悔と喜びで胸が一杯になってしまった。クラクラしながらも持っていたカメラを出すと師匠はすっと立ち上がり、今度は傍らにいたアルバイト君を指さした。「へ?」彼に撮ってもらえという事である。何とまた用意の良い。師匠はさり気なく僕の肩にヒジを乗せてポーズをとった。ずっと好きだったクラッシュのジョー・ストラマーとまるで友達の様に写真に収まると師匠は「OK」と握手をしてくれた。ここで我に返った僕は自分で撮らなきゃと思い「貴方一人で一枚撮ってもいいか?」と訊くと「イエー、OK」と師匠は壁際に立った。カメラを構えて撮ろうとしたその瞬間、師匠の顔がカクッと傾いた。「あっ」と慌てたがフレーム・アウトぎりぎりでシャッターが切れ、凄い手ごたえがあった。「おお、これぞ正しく健全不良少年の撮られ方!」と閃くように思えた。師匠の口元がちょっと緩んで「オーライ?」と訊かれたが、ここでもう一枚撮ったら最高の一枚にケチが付く、もしも写ってなくてもあの瞬間のシャッターが切れたんだからそれでいい。「オーライ!」と答えると師匠は頷いて着席した。何かもう全て分かってる様だった。嬉しさと共に元気が沸いて来て「サンキュー、サンキュー」とまた握手を求めると師匠は口をだらしなく開いて「イエー」と頷いてくれた。その佇まいの格好良さこそ正しく『ロックンロール』であった。この時僕は改めてストラマー流を学び、師匠と同じ時代を生きられて良かったと心底思った。(ニュー・ルーディーズ・クラブ
Vol. 27 掲載) |
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