世界最高のリズム・ギター。ジョー・ストラマーの美しい立ち姿。
11月4日は、従兄弟のケリーと一緒にジョー・ストラマーのコンサートに行く約束をしていたのさ。クラッシュを率いたこの人が再起を賭けるツアーは、パンク仙人としては何があっても見ておかねばならない。
ジョー・ストラマーは、スペイン戦争やキューバ革命に憧れた詩人で、ついでに言えばアナキストだ。クラッシュの世界的に有名な四半世紀前の曲、「ロンドンは燃えている」(London's
Burning)は、サンフランシスコの詩人、ヘレン・アダムスが61年に出版した「San Francisco's Burning」に取材している。
今日のステージは、当初は市内目抜きにあるWarfieldという数千人収容の古いホールで行われる予定だった。しかしチケットがさばけないのでフィルモア・オーディトリアムに変更になったのだ。閑古鳥の鳴いていたフィルモアのボックス・オフィスに近付くと、デカイダフ屋の兄ちゃんが音も無く寄ってきて囁く。
「一枚あるよ、一枚」
ケリーは黙って脇に寄って、男と話を始める。俺は正規の値段$21.5を支払った。奴に幾らで買ったと聞くと、$20.0だと言って、忌々しそうに舌打ちをした。
ケリーは矯正高校の教師だ。問題のある子供ばかり集めた学校で、英語を教えている。こんな場所でも羽目が外せない。千人位のホールではあるのだが、中学生や高校生の姿を見ると、やっぱり教師としてはケツがむず痒くなるようだ。フィルモア通りにあるバーでビールを呑みながら、男同士の四方山話をする。サンフランシスコ市内は余りにも不動産価格が高いので、ハワイにでも引っ越すか、とか、そういう、中年の共通する話題だ。
奴は、典型的なパンク世代であり、友達には普通じゃない連中が何人もいる。その中でも、一番変わった奴はハイチで人権監視委員をやっていた。内戦が続き、殺人が絶えない同地は、拳銃もジャック・ナイフもそこら中に転がっている。指紋の登録制度も無い。よくあるケースは死体から顔が剥がされている事件で、殺された人すら特定できない。医学的な知識があり、クレオール語に堪能な友達は、これで毎月6万7千ドルを無税で稼いでいたという。そんな経験があるんじゃ普通の生活を送る事は出来ねえよな、俺達はそんな話をして時間を潰した。
8時過ぎにフィルモアに再び行く。大通を挟んで、手前にはジョン・リー・フッカーの店、ブーム・ブーム・ブルーズ・ハウスがドアを開け放している。店内は精々が100人も入れば一杯になる位の大きさで、大きなバー・カウンターとスツールが年代もので渋い。照明は、ビロードの真紅みたいな真っ赤な色味で、とてもトリップしやすい雰囲気なんだ。昔行った、本牧のリキシャ・ルームのバー・コーナーみたいな感じで、本格的なんだよな。
先日、この店に御大ご本人が出演した。行きたかったのだけれど、疲れていたので止めてしまった。惜しいが別の機会もあるだろう。
フィルモアの急な階段を昇る。白人の係のアンチャンは偉そうにボディー・チェックをしてさ、さらに俺の顔を見てIDを見せろと言いやがる。俺には6歳の娘が居るんだぜと言いながら、免許証を見せる。ま、アジアの黄色人種は確かに白人から見れば若く見えるんだけど、癪だよな。
客層は30代が殆ど。遅れてきた現役のバンドマンに若い10代のガキまで、幅広い層が集まった。マリワナの煙が至る所から昇り、空気が濁り、汗ばむような熱気が立ち込めている。何処にあるのか巨大な送風機が動き出して、強烈な“クサ”の匂いをステージに吹き飛ばした。
アリス・クーパーみたいな、ゆらゆらしたワカメみたいな髪型をして杖まで突いている男がいた。
「あいつ、アリス・クーパーみたいじゃない」
俺がケリーに言うと、
「アリス・クーパーって、今はゴルフ番組のパーソナリティーなのよ」
ケリーは驚く事を言った。そう言われれば、元々この人は“スポ推”(スポーツ推薦)の体育会野郎で、アリス・クーパーの最初のバンドは、自分達のサッカー部だが何かの資金集めの為に組んだ程だから、スポーツには目が無い訳だけど。
アリス・クーパーとゴルフねえ。
(う〜ん)
まあ、イギー・ポップがゴルフを好きだっていうのもあるな。イギー・ポップは肉体美ムキムキだから判らないでもない。だけどアリス・クーパーって蛇を体に巻き付けていたお人だよな。目の前の、アイシャドーを塗りたくった男の姿を見ても、健康な太陽の下でクラブを振るお姿は想像が付かない。歳を取るって凄く難しい事だよね、ご同輩。
ステージの左脇には、例の伝説のギター、ジョー・ストラマーの黒いテレキャスターが。思わずケリーを誘って見に行った。もう色が剥げていて、グレーっぽく見える程だ。俺が見慣れていた頃のテレキャスターは、赤い星のマークのステッカーが貼ってあったっけ。今は80年代のクラッシュのステッカーが貼られたままになっているんだろう。13歳から15歳の頃、毎日穴が開くほど見ていたギターが目の前に置いてあった。主を待つギターは、余程注意していないと気付かない位、存在感が薄い。
前座はスカ・バンドと呼んでもよいツー・トーン風バンド、Pietasteresだった。彼等は例のハードなスカ・ブームのバンドとは違って、メロディアスな曲を演奏する第三世代。サックス、トランペット、トロンボーンのブラス隊にキーボードを加えた8人編成だ。
はちきれそうなグレイの三つボタンのスーツを着たボーカルのスティーブ・ジャクソンは首が太く、イアン・デューリーに横顔が似ている。コミカルなクラウス・ノミみたいな動きを見せる。
「もう一曲、ジョー・ストラマーの出て来る前に演らせて呉れよ」
曲を始める前に、何度も同じ台詞を繰り返して客席の笑いを取る。
雰囲気は、完璧なマッドネスなんだけど、やっぱりアメリカ人なんだよね。エゲレスのサッカー・チームのユニフォームを着たギターのトム・ゴディンは、十代の子供みたいに見えるのだけど、嬉しそうにストラトキャスターを持って飛び跳ねている。ユニフォームの中で体が踊っている様に見える位、デッカイ服。ダラシナイ着方が、どこか、やっぱりアメリカ人なんだ。
トランペットのトビー・ハンセンが、一人だけ飛び抜けて不良だった。頭を剃り上げ、もみあげを伸ばしたとんでもなく悪そうな奴だ。トランペットはずっとやってみたい楽器なんだけど、奴の不良な動きを見ているうちに、ちょっと羨ましくなってきたよ。
ジョー・ストラマーは9時半過ぎに若いバンドマンを従えて遂に出てきた。ギターはステージの両端に二人。左側がリズム・ギターで、黒いレス・ポールを構えた、リアム・ギャラガーみたいな男だ。右側が噂のアンソニー・ゲンか。短い巻き毛が頭に張り付いたみたいに見える。ポール・ウェラーを丸くした様な顔をしていて、異様に白く、目が猛禽類みたいに冷たい。グレッチのレス・ポール・カスタムみたいな両翼が張った黒いギター、同じくグレッチかな、ES−335のコピー・モデルの二本を使い分けていた。ボディーはナチュラルに見えたが、実際は照明の関係で違っているかも知れない。
ステージはドラムが二人。一人はコンガのセットの前に立っている。という事は、あの俺の知らない80年代のクラッシュの曲もやるって事かな。ま、隙間はないが、体が触れない位の空間で軽く体を揺らす。テクノが好きだと言っていたけれど、この人のテクノは、打ち込みではないのだ。ステージの編成を見て、やっぱりジョー・ストラマーだなと安心する。何しろ、昔から、ギターをかき鳴らして歌う街角の詩人(Strummer)なのだから。
ベースはポール・シムノンの息子みたいだ。ひょろひょろとした短髪で、ひっきり無しに煙草を吸っている。こういうガキを使う心理があんまり理解できなかったけど、まあ、ここからステップ・アップして行くには若い連中には良い機会なんだろう。ギブソンのSGタイプのチェリー・レッドのベースを使っているんだけど、今一つ。時々、フェンダーの黒いジャズ・ベースと使い分けているけれど、ベーシストとしてはセンスが落ちるなあ。
舞台のジョー・ストラマーは、徐々に腰を引き、左足を痙攣させるようにリズムを取る、ワン&オンリーのポーズに。前髪の生え際が、丁度、もみあげと同じ辺りに後退していて、広い額が照明に照り返すのだ。歳は取ったがそれは客席も同じ事。生きて、こんな場面に立ち会っている事を、まず感謝すべきなんだと思うな。
四曲目、遂に初めてクラッシュの曲を。
「古い曲ばかりだけど、クラッシュの曲を今夜は演るから、思い出を家に持ち帰って
呉れよな!、OK、Safe European Homeだ!」
ジョーが叫ぶとドラムがフォー・カウントを取り、あの強烈なイントロが始まったぜ。やっぱりこの曲は素晴らしい名曲だと思う。パンクというカテゴリーで括られるバンドの曲の中でも極めて優れた構成、メロディー、そして客席も参加できるハーモニーを持っていると改めて思う。
「Safe, European Home!」
コーラス部分は客席の声が徐々に大きくなり、最後はバンドの音とともにエンディングになだれ込んでいくのだ。こういう曲は、ライブを毎晩やって、客席の視線にさらされて、バンドのメンバーが乗っているからこそ、産まれて来る曲なんだよな。
ステージの途中、何曲かメスカレロスの新曲を演るが、どうしても記憶に余り残らない。それは、現在シニア・ツアーと揶揄される、一群の再結成して集まった五十代のバンドやアーティストの新作が詰まらない決定的な理由と同じさ。クラッシュの曲の印象が強過ぎるからではなくて、曲が当時程は良くないんだよ。何時も音を出して聴衆からエネルギーを貰ってないと、どんな才能があっても駄目なんだ。良い曲は生まれないんだよ。
そこで、ふと考え込んでしまった。ロンドン・パンクの有名バンドで、リズム・ギターがいたバンドはクラッシュだけ。しかもリズム・ギターがメロディー・メーカーのバンドには、ライブで締まる曲が多い。振り返っても“ポップな表現の幅広さ、ロック・バンドらしい正統性”は、クラッシュが一番だったな。そんなバンドで、他に有名所と言えば、ビートルズとローリング・ストーンズじゃないか。
まあ、キース・リチャーズが歌う曲もあるけれど、この人は厳密にはボーカルではない。しかしメロディーとリズムの相関関係が、このバンドの魔力になっているのは確かだよな。ジョー・ストラマーには、メロディー・メーカー兼ボーカルでさ、リズム・ギターだったジョン・レノンの方が共通項は多い。歌い方も韻を強調して、後ろにレイド・バックする、溜めた感じの癖がある。しかもボーカルでリズムだから、曲の間奏やサビの前、ブレークさせる直前に、後ろのバンドに、自分のボーカルを煽らせる様な構成の曲が多いんだよな。
ジョン自身、ブルーズよりもスキッフルのボーカル・スタイルに影響を受けているので、ジョー・ストラマー程、こぶしを入れたり陰影を付けりはしないけれど、この人の作った曲は、明らかに、コードを弾きながら歌う事を想定した曲が多いよね。「Back
in the U.S.S.R.」なんかは、ジョー・ストラマーが歌っても、全然、オカシクない曲だよな。
(しかもこの三人のリズム・ギタリストは全員イギリス人だ!)
曲の合間に、ジョー・ストラマーはローディーが持ってきたカップを手に取ったんだよ。良く見ると紅茶なんだね。ティー・バッグの紐をクルクルっと巻いてね、ああいう仕種が如何にもイギリス人なんだけど、見ているこっちは意味も無く嬉しかったな。
虚を衝かれたのが、アカペラから始まった「ハマースミス宮殿の白人」だった。コンガを叩いている男がハープ・ホルダーを首にかけてハープを吹いた。巧くはないが、それがどうした。バックのバンド全員、芸達者な連中だ。
「白人の若者よ、黒人の若いのよ」
と呼びかける部分では、客席が大合唱になる。前の方ではモッシュこそ出ていないが、若い奴等がポゴ・ダンスで楽しんでいる。
ジョーが、オリジナルはベースで始まるラインをギターで弾き、「新型キャディラック」を演り始めた時は、意外な気もしたが、その方がステージでは効果的だな。ジョーの弾くテレキャスターの単音を初めて聴いた。髪をフラッパーにした、80キロ位はありそうな中年女が飛び跳ねる。床が抜けるかと思う程に揺れている。
途中、語りが入る。今回はシアトルで米国に入国した。空港で入国管理官から止められ、イギリスから来たのか、御前の職業は何かと聞かれたので、俺、ギターのケースを見せてアーティストだって言ったのに信用しないんだよな、まったくケースにクスリでも入れたイカれたオヤジだと思ったのかな、参っちゃうぜ、と言ったので客から笑いが漏れたな。この人、冗談を言える人だと思わなかったけど、客のお陰でリラックスしている様だ。
突然、白い長袖のシャツを着た若い男が前の方からフラフラと下がってきて、俺の飲み干したビールに躓き、倒れ掛かって来た。
「“クサ”で飛んじゃってさ、やり過ぎた〜っ」
目が飛んでいる。仕方が無えな、若いの。フフフフフフフフフフ。
「ロック・ザ・カスバ」ではコンガ男が最初から最後まで叩きっ放しで苦しそうだった。青を基調とした、有名なフィルモア・スタイルの照明でも、顔が真っ赤になり、黒ずんで行くのが判る程だ。この曲はリズムの締まる、サビに入る手前のブレーク部分が格好良い。アンソニーがキーボードを弾いている。巧いわ。こいつは、ホンモノのミュージシャン・シップを持っている。楽器の天才があるんだ。
「ロンドン・コーリング」はあっけなかった。ベースがとんでもなくダサイのが悲しい。驚いたのは、「Road to the Rock'n'Roll」という曲を演奏した時。
「ジョニー・キャッシュは、俺が、この曲を演奏しているって知ったら何て言うかな?
ロックン・ロールはアメリカ人のものさ、って皮肉を言うのかな」
この曲はジョーのロックン・ロールを想う気持ちを歌ったんだね。あれは面白いシーンだったな。ロックン・ロールとヒルビリーの第一世代のジョニー・キャッシュと、70年代に爆発したパンクのアイコンが、90年代の最後に歴史的に直線で結ばれたって訳だ。
絶対聴けないと思ってた「プレッシャー・ドロップ」、演って呉れましたねえ。これも、ジョー・ストラマーの、あのリズムに合せて歌う立ち姿が何とも言えず魅力的だったなあ。少しレイド・バックしたあの歌い方は、やっぱりリズム・ギターの発想から産まれたのさ。
「ストレート・トゥー・ヘル」では、コンガがドラム席に座り、ドラマーがベースを、ベーシストがリード・ギターを、リード・ギターがキー・ボードを弾いた。こういうの、面白いんだけど、バンドがまだこなれていないのかね。
ま、メスカレロスは、ジョー・ストラマーとアンソニー・ゲンだけを見ていれば良い。後は悪いがおまけだろう。特にあのベースは格好ばかりで目障りだ。ま、一方で如何にも格好の付け方がイギリス人だとも思うな。島国でさ、ちっぽけな国の流行ってさ、日本の馬鹿共にも通じるモノがあって、見ているとオカシイんだよ。
ジョーはギターを立てかけると、白いタオルを首にかけ、ベースの飲んでいたビールの大瓶(瓶の形から見て、アサヒのスーパー・ドライ)を取り上げ、がぶがぶと流し込んだ。腰に手を当てながら、一旦舞台から下がった。
客席はワーワー騒いだまま。特段、アンコールの合唱は出て来ない。お約束の一度目。アンコールは、クラッシュ時代の曲で応えた。
「俺は、俺は、サンフランシスコが大好きだ、お前等皆んなが好きだ!」
ジョー・ストラマーが叫ぶと、客は大歓声を挙げる。後ろを振り返ると、30代の男女は、ガキみたいに本当に嬉しそうな顔をしてニコニコ笑っているんだ。これよ。この嬉しそうな顔をした馬鹿共がジョーを生き返らせる事ができるんだ、諸君。
「I fought the Law!」
ジョー・ストラマーが叫ぶ。汚いギターが舞台袖から宙を飛んで来た。ドラムが間髪を入れず連打する。ボビー・フューラーが60年代にヒットさせた「I
fought the Law」は、歌詞を古いカウボーイ神話に取材した流れ者の歌だ。闘ったけれど最後に権力に負けた、という話である。ジョーが黒いギターをウィンチェスター銃の様に構えて見せた。会場は騒乱状態、全員が大合唱の渦だ。このシーンは、最高に痺れた。
ギターをローディーにブン投げてた現役時代なんて、もろにフーの真似っ子だったしさ、バンドの格好の付け方の伝統というのかねえ、もう、今では誰もやらない様な格好の付け方をする。そういう“スカシの伝統”が男心にはグッと来る訳だよ、ご同輩。ウフフフフ。
ストラマーはステージを降りようとした若いバンド・マンを呼び止めて、今晩二度目のアンコールに応える。新曲の「Yalla, Yalla」。何だかこっちがヨラヨラして来る曲だなあ。
腰に度々手を当てている。あのスタイルは腰に負担のかかる無理な格好だから、腰が痛いのだろう。御歳47歳、腰痛にもめげず、あの無理なポーズで再び歌い始めたのだな。
油断していたら、突然、いきなり強烈なマシン・ガンの連打が。(!)
「トミー・ガン」も、トッパー・ヒードンの素晴らしいドラムがあったから、産まれた曲だ。これまた歴史的な名曲でありましょうな。曲が良い。とにかく、ライブから、聴衆から、音楽のインスピレーションを受け取った人だという事が痛い位判って嬉しかったな。
アンソニー・ゲンは巧いね。よっぽどクラッシュの代表曲が好きだったんだね。ミック・ジョーンズの、あの、ヘンテコなピラピラした効果音をちゃんとコピーして、それらしい音を出していて感激したわな。目を瞑れば、ミック・ジョーンズがそこに居る。
この曲の後に「しくじるなよルーディー」を演ったのは少し意外だったね。メッセージの積もりだったんだろう。解散後しくじっていたのはお前じゃねえか、阿呆奴!っと内心思ったのだけど、まあ、これぞファン心理って奴だな。ウフフフフフフフフ。
カーテン・コールの様に全員を並べて深くお辞儀をした。客席はそれでも納まらない。ジョーは、意を決した様に顔を上げた。
「San Francisco's Burning!」
世界的なパンクのアンセム、「ロンドンは燃えている」の歌詞を変えて歌い始めたぜ。俺の体は震えたね。俺の読み通り。この人は詩人だったのさ。この曲も、構成がリズム・ギター向きに出来ている。今ではパンクのジョンとポールと呼ばれる様になったジョーとミックだけれど、紛う事無く、クラッシュはジョー・ストラマーのバンドだったのだ。
ジョー・ストラマーの精神は、徐々に回復しつつあるのではないか。あの声は昔の声と何にも変り無かったし、痙攣する左足と、かき鳴らす右腕の角度。目を瞑り、やや上向き加減でがなり立てるポーズも、昔と何も変りが無かった。世界最高のリズム・ギタリストの一人でありましょう。ロックン・ロールの半世紀の歴史上、到達した究極の美の一つだ。あの痙攣する左足と、頭の揺れに興奮しない男が居たら、即刻、退場だ。間近で観たこの人の歌う姿全部が、実に美しかった。それ以外に言葉が無いよ。
今回はフィルモアにしては珍しく、ポスターのプレゼントが無し。ケリーを送って家に帰り着いた。疲れたね。時計を見ると11時半を回っていた。
馬鹿共が何と言おうと、これからも歌い続けて欲しい。ジョー・ストラマーが歌えば、それがクラッシュだ。それ位に、この晩のジョー・ストラマーは力強く、素晴らしかった。美しかった。こんな感激に言葉は何の力も無い。無力さを感じるが、とてもいい気分だ。(1999.11.12
by “パンク仙人”こと、岡田純良 )
|