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その日新潟で夕景の撮影を済ませ、残留スタッフへの挨拶もそこそこに新幹線に乗り込んだ僕の気分は非常に高揚していました。明日に迫ったジョー・ストラマーとのフォト・セッションの事を考えていたからです。クアトロでのライヴには時間的に間に合いそうもありませんでしたが撮影前に一目でも師匠の姿を見ておかねばならない、そうでないと緊張してシャッターが押せないかもしれない、などと逆説的な願掛けの様な思いを抱きながら焦りにアセって渋谷駅に着いた時にはもう9時半をまわっていました。会場に着くと案の定ライヴはとっくに終わっており、ジョー師匠の出を待つファン達がニコニコ顔で屯していました。どんなライヴだったのか、彼等をみて直ぐに了解し地団駄を踏みましたが仕方がありません。「俺には明日がある」と気を取り直しとりあえず彼等と一緒に師匠を待っているとメスカレロスのスタッフらしき男が出てきて話しかけてきました。「ディジュ・エンジョイ?」「・・・アイ・ワズ・レイト」「スコシダケ?ノー?オー!アンラッキー!グレイト・ショー!」ストレートな追い討ちをかけられてガックリしたトコロに「オーライ、オーライ」と例の良く通るガラガラ声を発しながら師匠がエレベーターから降りて来ました。片手にハイネケンの缶を持ち、既にかなり呑んでいた様でしたが身体からは異様な充実感が漲っていて何かハッとする感じでした。「そうだ明日は!ムムム」強引にプロ意識を捻出し、どんな風に撮影したら良いのか考えながらファンと交流する師匠を遠巻きに凝視しては見たものの、そんなこと今考えたって判る訳がありません。無理に恰好つけても駄目です。「自意識過剰は破滅のもと」と云う座右の銘を思い出し、直ぐに一人作戦会議を諦めて只のファンに戻った僕は「やっぱりサインも貰っとこ」と列に並びました。半券の切れてないチケットを差し出し、今日は事情があって観れなかったけれど明日こそは楽しみにしているからと通訳の方を介して師匠に告げると「オーケー、シー・ユー・ブリッツ!」と決めつつサインの入ったチケットを返してくれました。この時の「ブリッツ!」と言った師匠の口元が異常にトッポく「ああ、これで明日の撮影はバッチリだ」とライヴは観そびれましたが非常に満ち足りた気分で帰路に付きました。 2001年11月2日、赤坂ブリッツ。僕にとって忘れられない想い出の一つになるであろう日がやってきました。「カメラOK、フィルムOK、体調OK、全てOK!」この日の為に出来る限りの準備を整えていた僕はいつもなら一杯一杯で迎える撮影日には珍しく晴れ晴れとした気分で気合いも十分でした。リハーサル後の30分で取材、内10分で撮影というタイトなスケジュールももはや通い馴れた感のあるブリッツのバック・ステージなら天井の高さも引きも把握していましたし「こういう場合ならこう、こういう条件ならこれで」と様々な状況に対応できるだけの方法を用意したつもりの僕には全く余裕でした。問題は「師匠とタイマン張れるのか?」それだけでした。それは今回の撮影の正否を決定する最も重要な要因でしたが予測不能な事であり、出たとこ勝負で行くしかありません。僕は心の中で「あわてない、あわてない」と念仏のように唱えながらブリッツに向かいました。編集者の方々と連れ立って楽屋口に到着すると他社の取材がやや押し気味との事。僕等の持ち時間がやや削られる恐れが出て来ましたが、たとえ5分しか与えられなくても大丈夫だという余裕がまだ僕にはありました。しかし寒空の下、一向に御呼びが掛からず刻々と時間が経っていくと徐々に「本当に大丈夫なのか?」と不安な感情が湧いてきました。途中ちょろっと外に出てきた師匠の姿を見て「ああ、いるいる」などと談笑していた編集者の方々も次第に沈黙し始めて嫌なムードが漂ってきました。すると案の定、ライヴの前の取材は無理であると関係者からの報告がありました。ライヴ終了後も取材は詰まっているのでホテルに戻ってからバーで呑みながら取材するのはどうか、とそれはそれで楽しそうな案も出ましたが余りにも不確かな計画ですし、大体そんな状況でカッコイイ写真を撮ることは出来ないだろうと思った僕は編集者の方に何とか写真だけでもライヴ前に撮れないだろうかと関係者に相談してもらう事にしました。するとライヴ直前にオフィシャルのカメラマンがバンドの記念写真を撮るのでその後直ぐに交代して2、3分なら出来るかもしれないとの答えが返って来ました。写真の神様がまだ見放してはいない事を悟った僕は「この機を逃したらイカン」と急いで楽屋口のドアをくぐりました。「ここで撮ります」と案内された部屋では両腕に入れ墨を施した巨漢のオフィシャル・カメラマンの方がセッティングをしていました。既に事情を説明されていた彼は強面の容姿とは裏腹な丁寧な物腰で「どーぞどーぞ、よかったらストロボも使って下さい」と非常に親切な応対をしてくれたばかりか机をどけたりとセッティングの手伝いまでしてくれました。こういう正統派の不良少年が周りにウロウロしている師匠の環境を想うととても羨ましく、さっきまでの鬱々としたムードはどこかに消し飛んでしまいました。「さて、どうしようか」ワクワクする気分を感じつつ撮影の準備をしていると「バンドの集合写真として撮ってくれ」とか「ライトを変える時間はないかも」などと色々条件が飛んで来て僕の撮影計画は全てオジャンになりそうでしたが何時しかそんな事はどうでも良くなっていました。「撮れれば良い」要求はかなりシンプルに変化していました。「タイマンなんてとんでもない。撮影出来るだけで凄いじゃん」それは別にへりくだった訳ではなく、好悪入り乱れた状況に置かれた御陰でそう思えたのかもしれません。そして遂にその時は訪れました。 |
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